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自分のやってきたことを、語るべきか。

Posted by はる on 05.2014 どちらかといえば福祉系   0 comments
先日、とある会合で知り合った方に「自分のやってきたことを語ったほうがいいよ」と言われた。
僕は正直、どう答えていいかわからず、とっさに「いや、僕はまだまだですよ。大切なんはこれからですから」と答えた。

僕が戸惑ったのには理由がある。

まず、「やってきた」という言葉に対して違うと感じたこと。過去の頑張ってきたことにただすがっている印象を持った。かつそれを声を大にしていう必要があるのか。いや、そこは「やってきた」じゃなく、「やっている」ことじゃないのか。

そもそも、僕はまだ何もしていない。
あ、語弊がある。しているな。たとえば地域の学校に通ったり、大学通ったり、新聞に取り上げてもらったり、講演でしゃべったり。もっというと、バスに乗ったり、電車に乗ったり、役所のひとと喧嘩したり。こう思うと、やっていることっていっぱいある。これってすべて進行形で、過去やってきたことではない。これはすべて障がい者運動といわれるものに入るのではないか。
考えてみれば、「障害のある人の指示に従って、動いてください」で研修で言ったりもするけど、これはまさしく自立生活の理念とか思想そのもの。

こう考えると、僕の生活自体が障がい者運動である。でも、不思議なことにそれを意識することは少ない。意識するときって、セミナーをやったり、会合に参加して、先輩たちの話を聞いたり、語ったりするときだけ。
今、している生活も仕事も、したいからしている。おもしろいからやっている。仕事場の代表や周りの人たちから怒られるかもしれないが。ただ、おもしろくなくなったらやめるのかと聞かれたら、それはやめない。仕事も生活もポリシーを持っているから。

自立生活運動っていう言葉に違和感があるだけ。ただ歴史や理念っていうのは大切で、僕らだから守って、これからに繋げていかなあかんっていうことはわかってる。でも、やっぱりその答えがわからん。自分のしたいことをやる、できなければ人の手を借りってやっていく、環境を変えていく、それだけのこと。今も昔も変わっていない。

理念とか思想とかいっても、いまさら感がどうしてもある。新しく理念を作る、方法論を作る、どちらもわからん。僕のやっていることが、ヒントになっていることは確かだが、答えではない。
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